周囲と自分を比べてしまうのは仕方のない事

職場の心理

「同期で最初に昇進するのは誰だろう?」

「同期の中で自分が一番成績が良いor悪い」

「同期がどんどん結婚していく」

何かにつけて同僚や同期と自分を比べてしまう事ってあると思います。

 

たまに、上記のような比較をする自分が恥ずかしいみたいな話を聞きますが、私個人としては全然問題ないと思っています。

というのも、人は集団の中で自分の立ち位置を非常に気にするものだからです。

自分の考え方や能力、年齢や容姿など、様々な個性を他者と比較することで自分の実力を判断する。自分の意見が妥当かどうかを判断する。自分の立ち位置を判断しようとする。

職場のように、仕事への適正や協調性、リーダーシップといった客観的判断基準の無い分野が評価対象となる以上、他人との比較以外に自分の立ち位置を確認する手段がありませんから、比較したくなるのも当然と言えるでしょう。

比較の対象は類似する人

人と比較する時、私たちは無意識のうちに自分とかけ離れたレベルの人ではなく、自分と似通ったレベルの人を選びます。

例えば学生なら同級生と、主婦は近所の主婦と、サラリーマンは同僚と、というわけです。

自分との比較対象に社長は出さないでしょう。同じ職場内、同じ部署、同僚より同期となることが多いのはその為です。

 

しかし、比較の対象は常に類似した人ばかりとは限りません。

誰と比較するかは、その時の自尊心や自信によって変わります。

自信があれば上、なければ下と比較する

まず、自分に自信があり、自尊心が満たされている時には、自分より優れている人、例えば先輩や一つ上の上司といった具合に、自分の成功モデルになるような人と比較します。

今よりレベルアップしたい。より能力を高めようという向上心の表れです。

逆に、自信を喪失し、自尊心が満たされない時期が長く続いている場合には、自分より劣っている人と比較する下方修正が行われます。

これは極端に言ってしまうと、「あの人よりはマシ」という安堵感を求めての防衛本能と言えます。

モノサシがあった方が人は成長出来る

話を戻しますが、他人と比較する自分は恥ずかしいものでしょうか?

 

社会人でいる以上、何かしらの成果を常に求められているものです。

そうした中で、一人で全てを把握して、全てに答えを見出して仕事を続けるのは不可能。自分の視野というのはどんな優秀な人でもそこまで広くはありません。

自分の生活を守る為に、家族を養うために、またはより良くする為には気付くことが大切です。誰かが出来ていて、それが評価されているのなら自分も出来たほうが苦労は少ないはず。やるかやらないかはその人次第ですが・・・。

自分に必要とされている能力を都度教えてくれる優しい世の中ではありませんから、そうして自分に足りないもの、あった方が便利のもの、必要とされているもの、求められているものを察する事って重要だと私は考えています。

他人と比較するという事は気付いているか気付くきっかけを作れているという事。やがて向上心に繋がります。

 

社会にはモノサシと言えるものは見渡せば実は無数に、そして曖昧に散らばっています。自分にとってのモノサシを見つけ続けていける人の方が、迷うことも少ないし惰性で仕事をするより成長も早いでしょう。